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観光や冒険 心理学覚書

母による支配と核家族によるリソース不足

家庭的な視点による正しさは、外の社会における非常識になりやすい。 男の子が外の社会でうまくやれないのは、母による支配、そして父への嫌悪であることが多い。



外の社会の象徴としての「父親」を馬鹿にするような発言ばかりをしていると、ある意味家庭内はうまくいくかもしれないが、その情報を浴びせられた男の子は、外の社会と適応できなくなることがある。 外の社会は経済環境が常に変化しており、安定的な収益を獲得するには常に舵取りが必要となるが、そうした状況にある「父」を自分たちは「安全」の内側から文句をいうだけになっている。

端的には外の社会にはっきりとさらされていない母親や子と言うものは 「文句を言って不機嫌になっておけば相手は動くだろう」とでも思っている。 そのやり方を続けると、その子が男の子の場合、外の社会に恐怖を覚えて動けなくなる。

選手交代をしたとしよう。 「父親が家庭に入れているお金を、母親側が用意できるのか?」ということである。 その逆、「家事育児をすべて男がやる」多少の軋轢があろうが行動としてはなんとかなるだろう。 「当たり前に稼いでくる」ということを当たり前だという驕りが愛や感謝をなくす。 父親に文句を言う男も、父親と同じように外でそれほどのお金を用意できるのかと言われれば、その自信はない。

なんとなくわかるかね?

例えば見ず知らずの人間が数十万円くれたとすれば、恐縮で仕方がないだろう。 どのように感謝を伝えればいいのか、ということになるだろう。 ところが、父ならば、夫ならば何とも思わない。 その驕りが、すべての原因ということだ。

結局抽象度の低い母側の精神的支配。 子はその被害者ということだ。


根本は、核家族によるリソース不足。

足りないんだ。 子守をする祖父母という人的リソース、 新築、新車を購入させられて不足する金銭的リソース、 すべてが足りないんだ。 洗脳企業に「お金を使うように、遊ぶように」仕向けられているから。 時間や精神力も、スマートフォンに奪われているから。 だからいつまで経っても足りないんだ。

夫婦仲を良好に
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